— 昭和60年度某大学民俗学研究室 未刊行報告草稿 —
本地域においては、公的な文献や地誌に記録が一切存在せず、わずか数世帯の老齢者間においてのみ口頭で継承されてきた「忌み名」が存在する。
現代においては一般的に「メノウ様(瑪瑙様)」と称されているが、古老への聞き取りにより、伝承上の真の表記は『𥆞腦』であることが判明した。
「瑪瑙(メノウ)」の表記は後世の当て字で便宜上用いられたものであり、本来は「視線(𥆞)により脳(腦)を侵す」という害意そのものを指す異体字の組み合わせである。
『𥆞腦』と称される対象は、明王の滝、滝つぼ上流に露出した鉱物である。瑪瑙に酷似した、瑪瑙の様な原石であると記されている。
明治〜大正期は「直視した者に色覚異常を視させ、狂気に陥れる」強い波長を有していたとされる。1900年代初期に狂した村人が巻き物の端に書き残したとされるスケッチ(上記図1参照)には、石の同心円模様を人間の「巨大な眼球」として捉えた不気味な記録が残されている。
しかし、大正末期から昭和中期にかけてその影響力は急速に減衰。現在は「ほぼ完全に力を放出し尽くした不活性の石塊」と化している。